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2012/03/11

追悼 震災後一年 2012/3/11 sun

今朝のNHKでその彼女は、語っていた。想えば1年前の朝、博多のホテルのテレビで、その彼女は、ニュースを読んでいた。小生は、天気予報を確認しながら、ワクワクして出かけたのであった。

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遠く離れた福岡空港では、地震が起きたことも知らず、国際線ビルで撮影をしていた。丁度この中国東方航空機が離陸したのが、その時であった。

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翌日3月12日は、九州新幹線鹿児島ルートの開業日。開業に華を添えるため、ブルーインパルスが招聘され、前日の事前フライトを実施した。

なにも知らずに15時半ごろまで撮影の後、ゆっくり歩いてホテルまでもどった。何気にテレビを点けたらNHKのカメラが八戸港に押し寄せる津波を中継していた。あっあ、大きな船が岸壁の上に押し上げられている。時間が止まった。

2011/3/12 sat

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テレビで情報収集していた小生は、事態の甚大を認識し、翌日すぐに帰郷することとした。福岡空港に着くと、関東以北への便は、のきなみ欠航となっていた。

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福岡空港にもダイバート機や欠航機が溢れていたが、小生は、なんとか小松便に搭乗できた。

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小松空港に着くと、昨日のヨーロッパからの成田便が3便ダイバートしており、順次成田に向かっていった。彼等が昨日、途方にくれながら小松にやってきて、一晩過ごしたことは、後に知ることだった。

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小松空港上空を北に向かう、レスキューレインボー

2011/3/19 sat

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3月12日に自宅にたどりついたところで、なにやら原発が怪しいと聞こえてくる。NTVが最初の水素爆発を中継していて、戦慄が走っていた。確かな情報がないまま、外国人の避難が始まり、中国人の大量帰国が押し寄せてきた。成田や関空等の大空港だけではさばけず、関東、東北からの避難民が富山空港にもやってきた。この日南方のA319が4機、上海が1機臨時便を出して、深夜まで運用した日となった。

2011/4/4 mon

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いきなり鉄道の絵だが、原発事故による立入制限により、国内の鉄道にブレーキシューを供給している会社が操業停止となっていた。古い車両が多い北陸線は、まともに影響を受けて、電車の延命のため、臨時にDCによる運行が行われた。

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震災、原発事故とは関係なく、この春も桜が咲いた。成田のさくらの山では、花見客で賑わっていた。著名な航空カメラマン諸氏も、来場していた。

2011/5/2 mon

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リーマンショク以降落ち込んでいた経済活動が、震災により益々悪くなっていて、GWのチャーターは、華信のこの往復2便だけであった。いろいろあるけど、やってきてくれる台湾に日本は、感謝しないといけないのだ。

2011/6/9 thu

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3月11日は、東日本大震災、発災の日であるが、実は茨城空港開港の日でもある。地震当日、天井板が崩れ落ちた映像が流れたが、開港一周年の取材でマスコミがいたからだ。天井板は、はずされ、そのままでもお洒落な空港ターミナルである。

2011/6/18 sat

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地震に伴う津波が襲って壊滅的破壊を受けた仙台空港は、米軍等の迅速な活動等があって4月13日からエアラインの便が再開した。再開した機体には、各社メッセージロゴを入れて運行している。これは、現在も続いている。 小松空港にて。

2011/7/18 mon

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震災直後、物資輸送で駆り出されていた輸送艦「のと」が任務も一段落して、七尾港に寄港した。艦内には災害救助の活動内容や感謝の言葉が展示されていた。老体に無痛っての最後の過酷なお勤めであったであろう。この「のと」は、この春で退役である。長い間お疲れ様でした。

2011/8/6 sat

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仙台空港と同様に壊滅的被害を受けた松島飛行場。九州に展開していて、難を逃れたブルーインパルスのT4は、展開先の芦屋基地で足止めとなっていた。飛行展示が再開できるのかも、危ぶまれていたが、芦屋を基点に、見島や築城基地で訓練が再開できた。そして、待ちに待った一般公開は、8月7日の千歳基地航空祭となった。前日の予行飛行で元気な姿を見て、涙したものだ。

2011/8/7 sun

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震災時の物資輸送に寝食を忘れて飛び回った輸送航空隊のC1輸送機にも、「がんばれ日本」のメッセージ

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千歳航空祭は、F15によるミッシングマン・フォーメーションで追悼の意を表した。

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この日の展示は、新しく飛行班長となった平岡三佐が初めて指揮をとった。

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まだ、背面等のアクロバット飛行はなかったが、とにかく飛んでくれたことが嬉しくて、空を眺めていた。

2011/11/3 thu

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首都圏の航空祭で、ひときわ人を集める入間航空祭。ここでも、航空総隊司令部飛行隊のミッシングマン・フォーメーションで追悼した。

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震災救助や物資輸送に活躍したヘリコプター空輸隊は、立ち上がれニッポンのメッセージ入りの貨物を懸架して飛行した。

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入間までに、東松島、三沢、築城とフライトを積んできたブルーインパルスは、先の築城からフルアクロを実施していて、当日も曇天ながら1区分のフライトを披露した。

2011/11/13 sun

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復興構想会議議長に就任した五百旗頭真・防衛大校長。防大祭での受閲。

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青空の下、ブルインパルスの展示飛行が実施された。

2011/12/7 wed

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その後の福島空港を覗いた。ほぼ日常に戻っており、「がんばれ日本」のメッセージをつけたIBEXのCRJが飛んでいた。

2011/12/10 sat

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シーズン最後の那覇航空祭にもブルーインパルスは展開した。前日は曇天ながらも予行が行われた。

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那覇でのフライトでブルーインパルス最後となる、富山出身「はまい君」の4番機

2011/12/11 sun

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「はまい君」最後のフライト、ガンバ!

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無事、フライト終了。たいへんな今シーズンでしたが、来シーズンに向けて早く松島基地が復旧できることを祈っています。

2011/12/12 mon

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航空祭翌日、帰還の日です。帰還先は、芦屋基地。一年間、お疲れ様でした。

2011/12/17 sat

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富山もいよいよ雪のシーズンとなり、雪模様の中、「心をひとつに、がんばろう ニッポン」のメーセージ機もやってくる。

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年越して、それでもやってきてくれるのは台湾のチャーター。復活した遠東航空がやってきた。春からは、中華の定期便も始まり、やっぱり台湾に感謝する。

被災の日から、震災に係る小生のトピックスを並べてみた。復旧・復興への道のりは、またまだ長いが、一つづつ道標をクリアしていってほしい。新しい年度のシーズンを前に、常に追悼の念を忘れず、未来を見て歩むのみだ。

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